誰もいないキャバクラで
そのうちの営業電話のうちのいくつかは「今、お店に誰もいないの……」とか「今日、まだお客さん2人しか来てないの」という悲痛な電話でした。確かにここ のところは雨が降り続いて天候も良くなかったし、給料直後というわけでもない平日だと客足が鈍るのはまあ仕方ないことなのでしょうが、午後11時、12時 の時点で客がゼロというのは、お店の将来を考えるとあまりいい状況ではありません。
誰もいない店。
そういう店に入ったことは何度もあります。
ドアを開けると店内には待機の女の子だけが座っていて、全員がキッとした目でこちらを見る。これは何事かと、こちらはいきなり怯える……というような経験を何度もしました。開店直後とかならともかく、夜の10時、11時でもこういうことは平気で起きていました。
吉祥寺の近鉄裏にあるRという店では、「本当に誰もいない」経験をしたこともあります。
あの辺りを泥酔気味で歩いていて、客引きに「4千円でOKっすよ」ということで連れられて行ったのですが、地下にあるそのお店に入った途端にギョッとしました。かなり広い店内にはヒップホップが大音量で流れ、照明もピンク系の昂揚色で、フロアを煽りに煽っています。しかし、煽られる対象がそこにはありません。 つまり、誰もいないのです。
誰も、というのはまさに言葉通りで、お客さんはもちろん、待機の女の子もボーイの姿さえも見えません。横には私を連れてきた客引きが立っているだけ。
「こ……これは」と私がアセッていると、どこからか女の子が現れました。彼女は私に近づいてきました(当たり前だ)。そして、私の横に座りました(だから当たり前だって)。すでに客引きは退場しています。
広い店内に私と女の子二人きり。
ちなみに時間はやはり結構遅めでした。
「あの……どうして誰もいないの…………?」
「なんかお客さん今日来ないんだよね」
「いえ、あの……お客さんだけでなく……」
「え?」
「あの……女の子とかボーイさんが見当たらないんですが……」
「え?……あ、ほんとだ。女の子、暇だからみんな外に出てるんじゃない? 私もさっきまで外にいたし」
「ボーイさんも…………?」
「客引きしてんじゃない?」
「もしかして、ここボッタクリ…………?」
「何言ってんの?」
「最後にドッと恐い人たちが出てくるとか」
「そんなことしないよ。大丈夫」
1時間だけいたのですが、その間、ついにお客さんは来ませんでした。女の子たちは少しずつ戻ってきて、待機席でボーッとし始め、完全に無人の状態ではなくなりつつありましたが、飲めば飲むほど醒めてくる感じでした。
私はあまりにも混雑している状態のお店は好きではありませんが、お客が少な過ぎるというのも考えものです。
特に店の形態がコロシアム状態、つまり空間を囲むように壁際にボックス席が展開しているような作りの店の場合は、致命的につらいものがあります。さらに座った向かいに待機席があったりすると、どうしようもない空気に包まれます。待機の女の子は基本的に暇なわけですから、とりあえずいろんなところを見たりして時間を潰しているのですが、客が一人だと、どうしても視線がその客に行くことが多くなるのは仕方ないところです。
つまり、挙動をすべて観察されているわけです。こちらもとてもダラけた姿勢などでいるわけにもいかず、飲めば飲むほど姿勢が正されていき、最終的には、衆議院での質疑応答のようなぎこちない対応になっていたりします。
経験したいのであれば、さほど人気のない店で、給料日前の雨の日の早い時間帯などを狙えば「たった一人のお客状態」はわりと簡単に体験できると思います。