宝石箱から来た女の子


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昨日、吉祥寺の駅前を歩いていました。
とっても小柄で、ひきつった笑みを携えた青年がススッと寄ってきました。

「お久しぶりです。メープルです」

一般的に自己紹介する時には「こんにちは、林です」とか、「お久しぶりです、斉藤です」のように、自分の名前で自己を紹介するのが普通ですが、もちろん、彼が「お久しぶりです。メープルです」と言ったところで、彼の名前がメープルというわけではありません。
メープルリーフというお店の客引きさんでした。
私はこの日、特にキャバクラに行く意志があったわけでもないので、

「いや、なんかいいし」

と、ギャル的な言葉でかわしたのですが、向こうはなぜか下がりません。

「いくらなの?」
「フリーでしたら、5でいいです」
「いやいや。5では」
「5までしか無理なんすよ」
「4……」
「あ、じゃあ、系列のBなら4で……」
「あそこはいやです」
「ああ……」
「あのさ」
「はい」
「別に4でも5でも変わんないんだし、ウリ文句とかないんですか?」
「かわいい子つけます」
「いや、それは……ウリ文句ではないし」
「あ……じゃあ、宝石から移ってきた女の子つけます」
「宝石? 宝石箱?」
「はい」
「宝石から追い出された子?」
「違います」
「ふーん……。ねえ、名チャイっていい?
「あそこは……いいらしいです」
「誉めてどうする」
「いや、でもホントいいらしいですね」
「そこ行こうかな」
「あ、でも、絶対に今の時間だと正規(料金)だと思いますよ」
「でも、きれいなら」
「うちの宝石から来た子は本当にきれいです。保証します」
「その子をフリーでつけてくれる、と」
「ええ。あと、生ビールもつけます」
「まあ、生はどっちでもいいけど、じゃあ行きますか」


というわけで、「宝石から来た女の子」のフレーズに魅せられて、私はメープルに行きました。店は彼がそんなに頑張る理由が見あたらないほど混んでいて、どう見ても大盛況でした。ほとんどが一人客、つまり指名のお客さんが多いようで、久々に来るこのお店もパッと見た感じでは全然悪い感じではありません。

そして、私には宝石箱から来た、客引きさん曰く「本当にきれいな」女の子が来るのですから、5千円で文句はないでしょう。
女の子はすぐに来ました。
とても可愛い方でした。

「へえ。やっぱり宝石から来た子は違うね」
え?
「ん?」
「何? 宝石?」
「あれ? 宝石箱から来た子じゃないの?」
宝石箱って何?

どうやら、いろいろな意味で何もかも違ったようです。
これはこれで、なかったことにしようと思ったのですが、彼女が「宝石箱って何?」と、しつこく聞いてくるので、私は

・宝石箱というのは吉祥寺の老舗のキャバクラである

こと

・面接的にも可愛い子、きれいな子が多いこと

などを簡単に説明しました。

「ふーん」
「いや、別にきみはきみで十分にかわいいし、気にしないで」
「あたし、○○○で働いてた」
「?」
「知らない? 居酒屋」

聞けば、確かに知ってる名前で、チェーンの○○○という居酒屋で彼女は働いていたそうです。
しばらく、またいろんなことを話していた後、彼女は突然こう言いました。

じゃあさー。あたし、宝石箱から来た女の子ってことにしていい?
「へ?」
「なんかさ、それで満足した気になれない?」
「でも、違うんでしょ?」
「だからー。あたしは宝石箱から移ってきた女の子なの。そういうことにするの。そういうことだとして接して」
「いや、別に……宝石箱から移ってきたからといって、オレの態度が変わるわけじゃ……」
コンニチワー。宝石から来た○○でーす
「いや……おいおい」
「あたし、かわいいですか?」
「いやあの」

そして、「宝石箱からやって来た女の子」になりきった彼女はチェンジのくる30分間までを楽しそうに過ごしていました。
とてもおっとりとした顔つきと性格の彼女は、去る時に「はい、あたしの名前はこれだよ」と言って去っていきました。客引きのでっち上げた宝石箱騒動(というほどのことは何もないですが)は一応、平穏に終了しました。

ちなみに、その後に来た女の子はメチャクチャ可愛い子で、宝石だの何だの関係なく、結構近年のベスト何とかでした。途端に単なる口説きモードに入った私は、それからはごく普通のキャバクラ時間を過ごしました。

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