君の名は
私が頻繁に泥酔に陥る件に関しては、ホームページ内に書いたことがあります。
厄介なのは、それが本人の内部レベルでの泥酔だということです。
何だか変な言い回しですが、つまり、端から見ると、そんなに酔っ払っているようには見えないようなのです。朝起きると、昨夜の記憶は一切飛んでいる。これはさぞベロベロだったのだろうな、と思い、同席した人に訊いてみると「そんなに酔ってたの?」と言われたりするわけです。
これが特に最近は年のせいなのか、面白いように記憶が脱落します。
「全脱落」ということさえあります。つまり、そのお店に行ったことさえ覚えてないという事態ですね。
ということを前提にお読み下さい。
先日、知らない女性から電話がありました。名前はすべて仮名にしてあります。
「もしもしー。あー、いたー。私ー。由美子。っていうか、マユっていった方がいい? お久しぶりー。え? 違う。店じゃない。今、部屋ー。これから寝ようかなーと思ってさ」
という電話がありました。妙に親しげな口調です。
さて、誰なんでしょう。
この時点では、この人は多分キャバ嬢だろうな、ということは分かっても、誰なのか想像すらつきません。
「あー……」
「覚えてるよね?」
「も……もちろんだよ」
こういう場合は、いくら何でも「キミが誰なのかまるで分からない」などと言うわけにはいきません。失礼に当たります。
キャバクラ用語でいう「探り出し」(本当はこんな用語はありません)に入るしかありません。
「えー……。あれだよねー。えっと、会ったのが……週末……だったっけ」
「うーん。確か金曜かな」
「そうそう、金曜金曜」
ここで「どこの店だっけ?」と訊くのもちょっと考えものです。
「あそこは……アレだよね……なんか行きにくい場所にあるよね」(探り出し)
「そうかな。駅出てすぐじゃん」
「あ……そうか、そうだよね」(駅前の店を思い出している)
「出て、すぐ看板出てるじゃん」
「あ……そうか、そうだよね」
「あのビル、お店、ゲーリー(仮名)しかないし」
「あ、そうそう。ゲーリーしかないもんね」(ここでゲーリーという店に行ったのだということが分かる)
「場所、忘れちゃった?」
「何となく店名忘れちゃって…」
「けっこう酔ってたもんね」
「うん」
「居酒屋で飲んだ後だったでしょ?」
「そ……そうそう」(本当はキャバクラのハシゴ)
「それじゃ、しようがないよね」
「行ったの結構遅い時間だったよね」
「うん。3時くらいじゃなかったかな」
3時の時点で自分が飲んでいたという記憶がありません。どうやら「全脱落」のようです。しかし、とりあえず店名は分かりました。とりあえず、何とか話は繋がりそうです。
ここから、突然、彼女は世間話に移りました。
「この間言ってたアレ、大丈夫だった?」
「アレ……」
さて、このアレとは何なのか。
「アレは……まあ、何とか大丈夫みたいだよ」
「ってことは、うまく話ついたんだ?」
「は?……う、うん」
「大変だったでしょう?」
「いや、そうでもないよ……まあ、アレはアレだから」
自分でも何を言っているのかよく分かりません。店では、かなり口から出任せでいい加減なことを言っていたようです。
「でも、私もいよいよじゃん?」
「いよいよ……」
彼女に「いよいよ」何かが起こるようです。さて……何が彼女に起きようとしているのか。
「そうだね、いよいよだよね」
「そうよ。いやんなっちゃうよね。信じらんないって感じするよ」
「本当だよね」
「そうかなあ?」
「うん?」
「やっぱり、24ってそんなにヤバい?」
「ああ……いや、それは……そうでもないよ」
彼女の誕生日が近いという、それだけの話でした。
「行った?」
「へ?」
「イッた?」ではなく「行った?」と訊かれているようなのですが、私がどこに行こうとしていたのか。
さすがにこれは不用意に「行った」というのも無責任な気がしました。
「えーと、あの……アレはアソコのアレだっけ?」(何だ、この問いは)
「そうそう。高円寺のショップ」
「あー! それね。まだ行ってないよ」
比較的まともな話をしていたようで、私はまた「アメリカに行く」だの「カサブランカへ行く」だの適当なことを言っていたのではないかと怯えていましたが、高円寺のとある雑貨ショップの話のようです。
サラッと書いているので、短い電話のようですが、実際には30〜40分話しています。
そのほとんどが探り出しに終始していましたが、話してみると楽しい女の子で、店でもかなり楽しく飲んでいたであろうことは想像に難くありません。
探り出しの結果、この店に飲みに行った時に、次の週末に飲みに行こうというような約束を取り付けたみたいで、こちらから連絡がないので彼女から連絡をして
きたということのようでした。この店は新規で入って、この女の子もその時に初めて会った子でした。多分、泥酔状態のところを客引きに連れて行かれたと推測
されます。
さすがにここまで記憶が脱落することは頻繁にあるわけではないですが、話の内容が全脱落することはよくあることで、こういう人間がキャバクラで約束などしてはいけない、と、しみじみ思いました。