新しい血まみれの歴史

  

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先週の日曜日は中央競馬のG1・桜花賞でした。桜花賞にはたくさんの思い出があります。ニシノフラワーで血まみれになった思い出、ファイトガリバーで血まみれになった思い出、そして、今年はテイエムオーシャンが私に新しい血まみれの歴史の1ページを加えてくれました。

今年の場合は血まみれどころか、血まみれになった腹部を蹴られて、顔面を岩で殴られた後に傷口にカラシを刷り込まれた後に海に放り込まれる程度のいたぶられ方でしたが、これはこれで慣れているの で、春の行事として新しい思い出の1ページに加えたいと思っています。ただ、こんな思い出はもう引き出しいっぱいなので、もういいです。
私以外にも、立川の場外馬券売場の前にはレース後に焼死体となって無惨に地面に転がる若者、オジサンたちがたくさんいたのが唯一の救いでした。最後の力を振り絞って立川の駅まで歩こうとするのですが、力尽きて死んでしまう人もいました(どんな修羅場だ)。

桜花賞では若い女性(馬ですが)たちとのエキサイティングな一時を楽しませていただきましたが、牝馬とたわむれたばかりに、人間の女性の方とたわむれることができないという状況にもなっています。
ヤケになって飲みに行った今週の余韻はまだ続いていて、若い女性(こちらは人間です)たちから営業の電話をたくさん頂きます。
さすがに今は営業の方は断っていますが、

「じゃあ、なんか食べに行かない?」

と言われると、グッと心も揺らいできます。
しかし、今の私に行ける飲食店といっても、白木屋レベルが精一杯で、いいトシをした男が胸を張って連れていけるような場所ではありません。

「風邪ひいてるから」

などとごまかすのがオチなのですが、その中で、古い付き合いの女性から電話がありました。2年程度か、それ以上です。私は悪いクセと いうのか、古いものを大事にしない人で、長い付き合いの人を大事にするのが基本だというのに昔からの知り合いのキャバ嬢には半年に一度程度しか会わないこ とが多いんです。その行動はコラムの随所に見られると思います。
盛り上がる時期を過ぎると、スーッと沈静化していってしまうみたいなんです。

「久しぶり」
「久しぶりだね、元気?」
「競馬負けて、金ない」
「お金ないの?」
「あきれるほどない」
「そーなんだ」
「しかも、飲み過ぎで体調悪い」
「そーなの?」
「キャバクラばっかり行っててガブ飲みしてるから」
「他の店行ってるんだ?」
「行ってる」
「全然ウチ(自分の店ということです)来ないもんね」
「そのうち行くけど、まだまだ先ですね」
「ふーん、そうか。相変わらずなんだ」
「男できた?」
「ううん。なんで?」
「しばらく会ってないしさあ」
「男はいいんだけど、仕事どうしようかなって思って」
「なんか大変なの?」
「この春で、もう6年目よ?」
「あー。やめたい、と」
「でもさ、やめても他にアテないし」

という、まあ、大体いつもこういう辛気くさい話になるんですが、でも、長い付き合いの人と話しているのも悪くないな、ともまた思いました。彼女はその日は 休みで、風呂にお湯をためる間が暇なので(どんな理由だ)電話をかけてきたみたいなんですが、この人にはウソなしで素直に話している自分がいるんですよ ね。

「風邪引いてるから」

とか

「仕事が忙しいから」

とか、ウソをつく必要がないんです。
それは逆の意味では、もうこの人に特にすごく発展した何かを期待しているわけではない、という理由もないわけではないんですが、こういう気楽に話せる長い付き合いの人も大事にしたいな、とも思ってはいます。
と同時に、すでにドキドキしなくなった人にお金をつかうのもどうなのだろうか、という打算的な気持ちも入り交じる私ではあります。とはいえ、すべての店に行く余裕などとてもありません。

しかし、すべてを一気に解消する手だてがないわけではありません。
それはお金を手にすることです。
幸い、目の前には皐月賞というレースが待ち受けています。これで持ち金を一気に三倍以上にすることが可能です。
これでもう大丈夫です。
新しい店にも古い店にもどちらにも行ける上に、豪華に高級焼肉店やレストランで食事ができるわけです。

さあ、日曜日に私がこの予想通りに大金を持って夜の街を豪遊しているか、それとも腹部を刺された上にガソリンで焼かれた焼死体となって立川の場外馬券売場の前に転がっているか、それは当日までわかりません。
個人的な予想では「豪遊=2、焼死体=8」くらいだと思っています(なら馬券買うなよ)。
乞ご期待!