キャバクラで会った歌手の人
久しぶりに吉祥寺の夜の街に行きました。
友人とふたりで地元で飲んでいたのですが、なんとなく収まりがつきませんでした。
「まあ‥‥なんかアレだね」
「うん‥‥まあなんかアレだね」
「久々に‥‥行ってみますか」
「そうねえ‥‥行ってみますか」
何がアレなのかはよくわかりませんが、いずれにしても、このような非常に優柔不断な意志の元に我々2人は夜の吉祥寺に向かいました。
その時点で3時間ほど飲んでいたわけなので、お互いにすでにかなり酔っていました。
時間はすでに夜の11時を過ぎています。
どの店に行くという確固たる意志もなく、それ以上に「こういう店に行きたい」というような希望すらなく、
我々はただただ漠然と吉祥寺の北口を歩いていました。
寒いから、というわけではないのでしょうが、金曜日の夜だというのに、何だか客引きが全然いません。
「どこもお店、混んでるのかなあ」
などと話しましたが、いくら週末の夜とはいえ、このご時世。
給料日前(21日)の寒い夜にどの店も大繁盛しているとも思えません。
やはり、ここは、
「寒いから、客引きも店に引っ込んでいるんだろうね」
という推察の方が正しい気がしました。
それでも、道を歩いていくと、チラホラと客引きたちが声をかけてきました。
さすがに最近では強気の料金提示をしてくる客引きの人々は少なくなってきています。
「あ、お客さん、キャバクラどうですか? 今のお時間でしたら5千円で‥‥あ、ダメですか。じゃあ、4千円で‥‥あ、じゃあ、3千5百円で‥‥」
と、無視していると、どんどん料金が下がっていきます。
「3千5百円」
という声が出た時点で私はピクッと反応しましたが、友人は別の方向を見ています。
そこには店の外にふたりの女の子が客引きのために立っていました。
友人は酔った声で、
「‥‥あれがいい」
と、デパートでオモチャを欲しがる子供のように呟き、そして指をさしました。「あれがいい」はないだろ、と思いつつも、私もそちらを見てみると、確かにそこそこに可愛い女の子がふたり並んで立っていました。女の子に料金をきくと「4千円」と言います。まあ、4千円なら特に問題もないだ ろうということで、我々はその店に入ることにしました。
その女の子たち2人がドアの前まで案内してくれて、そして、ドアを開けました。友人は比較的ルンルンとした表情をしています。ところが‥‥。その女の子たちはドアを開けた途端、「じゃあ、ゆっくりと楽しんでいってくださいね」とだけ言い残し、また客引きに戻っていくのでありました。
「‥‥」
「‥‥」
「‥‥あの子たちがつくんじゃないんだね」
「‥‥そうみたいだね」
「‥‥」
友人の顔からルンルンした表情が消えました。気づけば、目の前には大きな体をした、いや、端的に言えば、かなり太ったボーイが突っ立っています。「いらっしゃいませ」と、ニヤリとした表情(のように見えた)で我々を迎え入れました。まあ、入ってしまったものは仕方ありません。自分のホームページの「客引き編」でも書いていることですが、外に立っている女の子が必ずしも自分たちにつくわけではない、ということを改めて知らされながら、 とりあえず私たちは店の客となったわけです。
私はタバコに火をつけ、禁煙している友人はただ漫然と女性が来るのを待ちました。
ちなみに、本当に全然関係ない話ですが、友人曰く、
「禁煙してから、性欲が強くなっちゃって」
とのことでした。
友人の妙にルンルンとした表情にはそういう理由も少しは関係しているのかもしれません。
しかし、禁煙と性欲とに関係があるとは思いませんでした。
最近、そっちの方が全然ダメな私も少し禁煙について考えたりしました。
店内はそこそこに混んでいて、半分以上の席は埋まっています。
女の子がやってきました。
対面の席の友人についた女の子はかなり可愛い女の子でした。彼女を見た途端、また友人の目にルンルンとした輝きが戻ったように見えました。
私の方に来た女の子‥‥。
ルックスに関しては特に問題はないのですが、という以上に十分にきれいな女性なのですが、問題はその寡黙さ‥‥。
多分、性格自体、喋ることが得意ではないのでしょうが、とにかく話が出ません。顔自体はこちらに笑顔を向けてきてはいるのですが、話題をまるで振ってくれないのです。最初に「こんにちは」とお互いに言ったきり、私たちの場は沈黙に包まれました。
「‥‥」
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
これはまずいと思いました。「このままではいけない」と、私はとにかく自分から話題を振りまくったのですが、相手からは「ええ」とか「そうなんですか?」という返事が返ってくるだけで、そこで話題は完全に途切れてしまいます。
10分も経つと、私たちの会話は途絶しました。
「もうヤだなあ。早く時間来ないかなあ」とさえ、私は思い始めました。キャバクラという場所では、いかに「懇談」ということが重要なことかということをイ ヤというほど痛感しました。特に、以前よりキャバクラに行く頻度が減っている私は、沈黙の状態を楽しい状態にまで上昇させる術を持ちません。
とにかく、チェンジの時が来るのを待ちました。しかし、混んでいるからなのか、お店がそういう方針なのかわかりませんが、20分経っても、30分経っても、女の子はチェンジされません。沈黙の辛さに耐えるのが限界に近づきつつあった、約40分後、ようやく「○○さん、お願いしまーす」と、チェンジの時がやってきました。
と、ここまでは前振りです。
気づけば、ずいぶんと長い前振りとなっていますが、本題自体が大した話題ではないので、前振りが長くなるのも仕方ないといったところでしょう。
チェンジで来た女の子は、さっきの女の子より、若さでもルックスでも数段は劣ると思われましたが、しかし、饒舌で元気な女の子でした。
救われました。
来た途端にいろいろと話題を振ってくれます。結局、この女の子が来て、すぐに時間がやってきたのですが、まあしかし、延長したところで、1時間4千円。
向かいで相変わらずルンルンした光線を発し続けている友人(禁煙していて性欲増大中)に「延長する?」ときくと、「もちろん」との返事でした。私たちはここで延長しました。
私についた女の子は、年齢は26歳とのことで、この世界では若いとはいえない年齢ですが、じきに四十に手も届くだろう私にとっては、むしろこのあたりの年齢層が一番しっくりときます。18歳とか19歳の若すぎるギャルよりはずっと嬉しくもあります。「じゃあ、年齢が上であればあるほどいいのか」というと、これ以上、年齢が高くなってしまうのは微妙というのも事実なわけで、26歳というのはまさに絶妙な位置にいるキャバクラ嬢といえると思います。
お互いに、仕事だの趣味だの定型の会話を続けていたのですが、しばらくして、お互いの本音も見え隠れする頃になって、彼女が、
「じつは私、バンドやってるのよ」
ということになりました。
そういう女の子たちはキャバクラ界にはウジャウジャいます。
音楽をやっている、演劇をやっている、モデルをやっている。キャバクラの世界はそういう表現者の卵たちの巣窟であるというのも事実です。そんなわけで、彼女の言葉にも、別に「へえ」くらいしか思わなかったのですが、さらに聞くと、
「実はもうデビューしてるんだ」
とのことで、彼女は自分のバッグから一枚のCDを取り出しました。そこには確かに彼女の顔が写っていました。
しかも、今をときめく、AVEX系のレーベルです。
「AVEXからCDデビューって‥‥バリバリのプロじゃん」
と、私は言いました。
素直な感想です。
しかも、聞けば、これが最初のアルバムというわけではなく、何枚かCDを出している現役の歌手なのです。
「そんなメジャー系からデビューしてても、キャバクラでバイトしなきゃダメなの?」
と私は聞きました。
これも素直な感想だと思います。
「そんなものだよ」
と、彼女は言いました。
日々の生活費のためであることはもちろんですが、ライブをやれば、そのチケットノルマはあるし、スタジオ代やら何やら‥‥。
むしろ、ダラダラと生活している女の子たちよりも、何だかお金がかかるみたいなのです。
もちろん、CDが売れて、本人もメジャーになれば、問題は何もないわけですが、「そう簡単にはいかないよ」と彼女は言っていました。彼女は私にそのCDをくれました。「お金払うよ」と言ったのですが、「それ、ミニCDだから、別にいいよ」とのことで、ただで私にくれました。
こういう活動をしている人たちにはいろいろな人たちがいます。
やけに自分のやっていることを誇るような人たちもいます。
しかし、彼女はそういうところは全然ない、素直な女性でした。
自分の将来に不安も感じているし、自分の年齢にも多少は不安を感じているようでした。そういうことを正直に話す、いい子でした。
それだけに、「まあ、うまくいけばいいなあ」と思いながら、時間を過ごしていました。
うまく、彼女がメジャーになれば、「オレ、○○と飲んだことがあるぜー、イエー」(バカ丸出し)という自慢もできます。
翌日、彼女にもらったCDを聴きました。
日本のポップスにはまったく疎い私ですが、非常に正直にいって、インパクトの強いアルバムではありませんでした。そこに収録されている曲がいきなりヒットしてメジャーになる、という道のりが見えにくい感じのアルバムではありました。
でも、人生なんて運です。
もしかしたら、彼女が突然メジャーになって、連日ヒットチャートを賑わす日がないとも言い切ることはできません。私には何の協力もできませんが、「頑張ってほしいな」とは素直に思いました。