続・まるで恋愛論
自分の恥部を晒すのもアレなんですが、あえて書きます。
前々回のコラム「まるで恋愛論」で、自ら女の子から引いた経緯を書きました。そこには二人の女性が登場していたのですが、最初に出てきた女の子がいます。「理由もなく」切ってしまった女の子です。
とてもいい子だっただけに、自分でも失礼なことをしてるな、という想いもあったんですが、ダラダラと消滅させるのも何だかイヤだったので、スパッ……といったつもりでした。何度か電話などもあったんですが、電話にも出ず、そろそろ1ヶ月ほどになろうとしていた先ほど、見知らぬ電話番号、それは0422から始まる、つまり吉祥寺の市内番号で始まるものでした。
「どこかのお店かな」
とも思ったんですけれど、吉祥寺には友達や知り合いも大勢います。普通は出ることになります。お店の女の子も店から電話をかけるなんてことはあまりないことなので(節約系の子にはいないでもないですが)、とりあえず携帯に出ると……。
もののみごとに、前々回コラムでコミュニケーションを断った(ひとりめの)子でした。
「わかる? Mです」
「う……」
「どうして携帯出てくれないの?」
「そ……」
「この1ヶ月何してたの?」
「いや……」
「浮気してたの?」
「いや……浮気って、オレたちそんな関係じゃ……」
「他の店に行ってたとか?」
「いや、そういうわけでは……」
「携帯だと出てくれないと思って、お店からかけてみたの」
「う……」
かなりしどろもどろになって、とりあえず弁明などもしたのですが、それにしても、1ヶ月経って、急にコンタクトをつけてくるのもちょっと妙だなという気もしました。
「あたしね、お店うつったの」
「え……」
「O(店)つぶれたの」
「Oがつぶれた?」
「3月いっぱいでつぶれたの」
「うーむ」
「今、何してたの?」
「今はちょっといろいろ。っていうか、もう2時だよ?」
「来られないの?」
「今からはちょっと……」
まあ、要するに新しいお店にうつったということで、営業半分ということなのでしょうが、それはそれで別にいいんです。営業は営業でどうでもいいんです。それよりも、その後に続けて言われた言葉に軽く打たれてしまいました。
「あたしね、お店の男の子とかにも相談したんだよ。○○さん(私)の態度って男の目から見て信用できると思う?って。そしたらね、男の子たちも、あの人の態度は本物だよ、とか言ってくれてね、それで、すごく信用してたの。それなのに、どうして連絡くれなくなったの? どうして携帯出てくれないの? あたし、なんかウソとか言った? 全然ウソなんか言ってなかったじゃない。あたし、なんか○○さんの気にさわることした? 嫌われるようなことした? なんか何もかも信用できなくなっちゃうよ。好きって言ってくれてたのウソだったの?」
これは胸を打たれると同時に、いろんな事実を知ることもできる言葉でした。「お店の男の子」というのは、コラムに出てくる客引きのMくん他数名のことだと思うのですが、この人たちは、こぞって私を新規のF店に連れていった人たちです。私が「でも、O店のMさんもいるし」と言うと、「いいんですよ、アレは」と言い放った人たちです。
私は何だかいろんな意味でMさんが可哀想になってしまいました。可哀想という感情を他人に対して抱くのは、基本的にはその人に対して失礼だと思うので、私は普通は思いません。可哀想という言葉には「対等」を逸脱した差別を感じるからです。しかし、それ以外にどう感じていいのかわからないのです。
Mさんが本当にいい子だというのはよく知っています。好きでもなんでもない頃に出会って「いい人だな」と思っていたわけですし、「いい人だから好きになった」という部分があるほど確かにいい子なんです。ウソをつける子でもないし、上の言葉は多分本当のことだと思います。
しかし、それだけに今、私はボンヤリですけど「彼女から離れた理由」がわかってきました。
それは敢えて書きませんけれど、彼女ほどいい子には(美人でもあります)それなりのちゃんとした人生があるはずだと思うわけなんです。
普通に営業に乗って、また彼女の店に行くこと自体は問題ないのですが、それでただのお客さんとしてやっていくことにはどうも不自然さを感じます。「最終的には単なる友達になった」とか「ただの客になった」という経験も例も私にはいくらもありますが、今までに出てきた……たとえばM嬢(私の知り合いのキャバ嬢はイニシャルMが異常に多い)にしろ何にしろ、共通しているのは「とにかく悪い子」(身も蓋もない言い方ですが、ある程度は事実です)という一点で、彼女たちとこのMさんはあまりにも違いすぎます。
私は確かに彼女のことが好きになったから「好き」と言いました。一般的にはこれは責任を伴う台詞です。しかし、現実には夜の社会では夥しく連呼されていることもまた事実です。思えば、私は「好き」という言葉に深い意味など感じなくなっているほどに磨耗しているのかもしれないなとも感じます。
週末には時間ができるので、Mさんに会いに行ってみようと思います。
それが最後になるかどうかは今はわかりません。