最近、実は薄々と感じてはいました。
キャバクラに行く回数は以前に比べてだいぶん減ったとはいえ、確実に私はキャバクラ通いを再開しています。
このホームページが3年ほど前からの記述で始まっているところを見ると、全盛期もその辺り。つまり、3〜4年前だったということがいえると思います。
それから、3年。あるいは4年。
簡単にいうと、それから確実に私は3つ4つトシを取っているということになります。
「年齢を重ねる」などという素晴らしい言い回しもありますが、単純に言わせてもらえば、「それだけオッサン度が進んだ」ということになります。
さて、私は何を感じているのか。
年齢が進んで、オッサンになれば、キャバクラの教義の中で「オッサン→嫌われる」という定理に結びつくのが常道であり、
さらには「オッサン→キモい」などという直截的な言い回しにもなるのが普通だと私は思っています。
これらは悲しい現象ですが、冷徹な現実でもあるというのもまた事実です。
もちろん、キャバクラでモテる根幹というのをホームページでも書いたことがありますが、それはやはりお金であるというのもまた事実でしょう。
「一杯のドリンクをケチるお客さんが大好き」なんて女の子はあまりいません。
いたらいたで、その女性は自分の仕事に対しての考え方を改めるべきです。
で、結局、私は何を感じているのか。
これは一歩間違うと、自慢話のようになってしまうのがイヤなのですが、
私はどうも何だか以前よりも女の子からのウケがよくなっていると感じて仕方ないのです。
もちろん、これは相対的な話であって、いろんな女の子の中にはどうしても相性が悪くて、もうどうしようもな
いような時間を送ることが
あるというのは、以前と同じなのですが、相性がいい……というか、単に会話が成立する程度の女の子が相手の場合、その接客態度、営業のバック率などが何だ
か妙にいいのです。
キャバクラと野球の打率を比較した偉い人がいましたが(誰だ)、野球で3割打てれば、まあそれはそれで文句を言われるところもないでしょう。キャバクラでも3割のバック率があれば、まあまあというところでしょう。
厳密に打率の計算はしていませんが(当たり前だ)、そのあたりの高い打率を維持している上に、継続率も比較的長いという状況にあります。
たとえば、営業電話なり営業メールがきて、1度目をスルー(無視)したとして、2度目に向こうから営業があるかどうかは微妙です。
これが3度、4度とスルーしても、それでも営業が来るというような状況は比較的珍しいのですが、最近、どうもこういう事例が多いのです。
しかし、勘違いされるのもイヤなので、キチンと書いておきますが、これは私が急にモテるようになったということではないはずです。
そんな要因はまるでないからです。
四十近くのオッサンという悪条件に加えて、私はフリーでついた時にはドリンクも出さない場合の方がはるかに多い人です。ケチというより、単に本当にあまり金がないわけですが、これも相当の悪条件でしょう。
もちろん、大前提となる条件として、ルックス的にも全然良くはありません。
それなのに、数年前に比べて、店内における女の子の接客姿勢も営業姿勢もはるかに良くなっているような気がしてならないのです。
これはどうしてなのだろう、と私は考えました。
そして、このことを友人に話してみました。
その友人は何度か私とキャバクラに一緒に行っていて、私のウケっぷりを見ている人でもあります。友人はかなり年下です。
「確かにNOFIAさんはウケがいいね」
友人は静かに語り始めました。
まあ、NOFIAさんは女の子の心とか掴むのがうまいから」
「いやでも、そういう資質的な部分は昔から同じなわけでさ」
「思うんですけど……」
「何?」
「NOFIAさんって、ヤリたいって思ったりして接してます?」
「ヤリたい?」
「キャバ嬢とですよ」
「うーん……いや、思えば、最近、全然そんなこと思ったこともないな」
「少しもですか?」
「うーん。全然ないね」
「そこだな」
「え?」
「ギラギラしてないからですよ」
「昔からそんなにギラギラしてないよ」
「でも、今はなんつーか、種火もない状態でしょ」
「種火?」
「性欲の種火」
「ああまあ……そうかも」
「だから、ナチュラルでギラギラしてないんですよ。それで、女の子も警戒しなくなる」
「要するに、警戒されてないから気軽に接客できると」
「そんな感じなんじゃないんですか」
「なるほど」
そんな会話を交わしました。
ま、「なるほど」とか言ってはいるものの、実は全然理解はしているわけではないですが、でも、確かに自分がギラギラしていないということはわかります。
性欲的な問題でいっても、今は極度といってもいいほど衰退しているわけで、ジイサマ並みの欲望しか持つことができません。
自然体としてギラギラしていないというのは事実ではあるでしょう。
しかし、そこでちょっと形而上的なところに自分の思考も飛んでしまうわけです。
「ギラギラしないんだったら、なんでオレはキャバクラなんて行ってるんだ?」
という素朴な疑問です。
いやしかし、なら、キャバクラにはギラギラして行かなければいけないのかというと、そんなはずはありません。
ギラギラしていないお客さんはたくさんいます。
しかし、現実に私はギラギラしていないし、それによって(かどうかは知りませんが)女の子からのウケがよくなっている。
とはいえ、ウケがいいからといって、私には何かしようという野望も欲望もない。
野望も欲望もないのに、ウケだけはよくなっていく。
この逸脱した輪廻をどう見るべきか。
私の一番の理想は「ギラギラした気分を復活させること」にあります。
しかし、そうなると、私は単にギラギラしたオジサンになり、女の子からのウケ率はグッと下がるでしょう。
じゃ、ウケ率を保てばいいのかというと、別にキャバクラでウケがいいだけでは何の得にもなりません(損得でキャバクラに行くわけではないですが)。
それでも、今のウケのいい状態はそれなりに満足のいくものではあります。
さあどうする、オレ。
ということを考えても、実はどうにもならないということはわかっているんですけどね。
たまには「キャバ嬢からのウケがいい」みたいなことも書いてみたい年頃なんです。
イヤな年頃ですね。
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