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■体験談4Nさん(40歳/サービス業)



4年目に突入した付き合い




私は、東京都内某市に住むすでに40歳になったおっさんです。
結構笑える投稿になると思います。


このキャバクラの彼女と知り合ったのは3年前の5月下旬。同業者の組合の年に1回の総会のあと先輩に連れられて吉祥寺のSというお店へ行ったときです。
5人で行き3人は常連・私ともう一人がキャバクラ生まれて初めてというメンバーでした。
3人はなじみの子を指名し、あとの二人には適当にということで私は、先輩のTさんが親しくしているHちゃんの親友のSちゃんがつきました。


このときはSちゃんを含め3人の子が私について、それぞれ名刺をくれ、携帯の番号を 教えました。
帰りにTさんに 「さっきSって子に名刺をもらって携帯番号を教えあったよ」 と言ったら 「ああ・・・あの子は売れっ子で忙しいから電話なんてかかってこないよ」
と冷たく言われました。やはり3人の中でSちゃんが一番かわいかったです。
しかし翌日の午後5時きっかりにSちゃんから携帯に電話が入りました 要は、昨日はご馳走様の決り文句は、後で知りました。
その翌週から毎週仕事の休みの前日(私はサービス業なので平日が休み) は毎週のように吉祥寺に出かけるようになりました。


ここで私のことを簡単に説明すると、まったくのダサイおじさんで、ハゲ・でぶ・めがね の三要素を兼ね備え、ついでに色白という、ヲタクの特徴ももっています。 一応見合いで結婚しましたが、10回目ぐらいの見合いでかろうじて決まったほどで、まったく女性と付き合ったことがありませんでした。
こういう男がキャバクラにはまると一番危ないと言う見本のような生活が始まりました。


彼女は私とちょうど一回り年が違う当時は26歳。童顔なので若くは見えます。
当時は会社の寮の3DKのマンションで同じ店の子と一部屋ずつ割り当ての個室のような寮生活でした。このマンションは、お店から車で約15分ぐらいの比較的静かな ところにありました。実家は埼玉県で母子家庭で姉が二人、弟が一人。姉は結婚して いて母親と弟の3人暮らしですが、自分は寮にいるので日曜だけ実家に行ってました。 そして彼女は母親を養っているのです。本人はこう言っているのですが 「本当かな?????」っていうのが本音です。でもこんなことを聞かされたのはだいぶ後でしたから、当時はただ単にかわいい子に 惹かれて、通っていると言う感じでした。


実はその1ヶ月後の6月に一人でお店へ行ったらSちゃんが 「Tさん来てるわよ。ほら」 という方角を見ると、TさんがHちゃんと壁際のソファで楽しそうに話しているのが 見えました。
Tさんは私に気づきませんが、なんか照れくさかったのを覚えていました。
そして、その日の帰りに 「送っていこうか?」と切り出しました。
かなり私にとっては勇気のいる台詞でした。


Sちゃんは「うん。車だよね?。お店のそばのたこ焼きやの前で待っていて」
と言ってくれて、とってもうれしかったのを覚えています。
これから現在まで4年目に入ったSちゃんとの話はこうして始まりました。



その日は、彼女をマンションにまで送って行くと近くに24時間営業のファミレスがありました。


「あそこに言ってみる?」
「うーーんどうしようかな? じゃあちょっとだけ」


ということで、○ョナ○ンへ入り
軽くビールとつまみを食べ帰りました。

彼女はどうだったかは知りませんが私にとっては、夢のような出来事でした。本当です。

彼女の私服姿は実に地味で却ってその辺の女子大生の方がよっぽど派手な格好です。この日もTシャツにGパンというラフなスタイル。


お店のようなミニスカスーツを想像していた私は、吉祥寺のSそばのたこ焼きやの前で待っていた時、Sちゃんが来たのが全然わからないぐらいでした。
キャバクラ嬢の通勤って、いかにも水商売の人って感じの一見ケバイ服装を想像していたのですが、本当にフツーの服装でした。
あとから聞いたのですが彼女は、お店にそのまま出るような服装で外を歩いていると、じろじろ見る人が居るから嫌なのだそうです。お店の車の送りで帰る時はまだしも、出勤時は当時バスに乗っていくので
フツーの格好でした。


それから毎週のようにこの吉祥寺のSへ通いだし、ある時は一人で。
ある時は先輩のTさんと。そしてTさん、Tさんの指名のHちゃん、私とSちゃんの4人でアフターしたりと、それなりに楽しませてもらいました。

Tさんはかなり遊びなれしていて、Hちゃんとはつかず離れずの距離をおいていました。私から見るとHちゃんの方がT先輩を気に入っている様でした。私がいい気になりだしころ、T先輩によく言われたのは


「いいお友達になっても、いいお客さんじゃあだめ」
「でも、男と女の関係になろうなんてマジで考えるな」
「マジでそう思ったらキャバクラに行っちゃだめだ」


そう、我々は家庭があるのです。先輩は奥様に娘さん二人。
私は子供は居ないが一応奥さんがいる。

私がSちゃん目当てに通いだしてしばらくすると、Tさんはあまりこの店に行かなくなり、Hちゃんに完全に距離をおきだしました。多分携帯では連絡を取っていたと思いますが。

私は若干のペースの差こそあれ、同伴もたまに、アフターもたまにという感じで、付き合っていました。しかしやっぱりSちゃんの謎めいた所はありました。



私は話術が下手なので結局女性に対して何の取り得も無いのですが、Sちゃんは、付き合ってくれました。そうこうしているうちに97年は明けて98年になりました。


先輩のTさんは、ほとんどSには顔を出さずになり。Hちゃんがちょっと寂しそうでした。

この年のバレンタインのころだったと記憶してますが、Sちゃんとアフターしようと店の近くで待っていたら、Hちゃんも一緒に来て「私もお邪魔虫していいかしら」と悲しそうに言われて、3人でカウンターバーでアフターしたこともあります。

Sちゃんの誕生日には服を買ってあげたり(5万円のスーツ)お金もかかったけどそれ以外はおねだりのような事は絶対しないので、3年以上付き合っている割には、それほど金はつかっていません。

でもスケベ心はありますのであわよくば。。。という気持ちは常に心のどこかにあります。



****突然の退店



この年の7月ごろにお店へ行ったときに


「今月の中頃旅行に行くので1週間ぐらいお店を休むね」


と言われました。昨年の夏もそうだったし、普段全然休まない彼女の事なので、本当に骨休みだなぁ。ぐらいに思っていました。そして7月の下旬頃、彼女にいくら電話しても留守電なのでお店へ電話をしたら、なんと4日前に辞めましたとの事。。。。。


なんだか頭が真っ白になり力が抜けるのがわかりました。

辞めてもいいけど、全然連絡無しなんて・・・・。


T先輩に言わせると彼女ぐらいになるとお客さんは20人以上居るはずだから以前言われたこと
があります。いちいち連絡していたら大変なのでしょう。

とりあえずT先輩にその話をしましたが

「もし彼女がまだ君のこといい人だと思ってくれていたら、そのうち電話ぐらいくれるはずだ」

といってくれました。


とりあえず留守電に2回ほど、「連絡ください」と伝言を入れました。それから暫くして私が自宅で
風呂に入っているとき携帯に電話があり留守電が入っていました。


「もしもしSです。ゴメンネまた電話するから」


とだけ一言。うーーーん残念。


それから一週間位して、今度は原付で走行中電話があり久しぶりに彼女と話が出来ました。

その時の話は要約すると、実家のお母さんが病気になり(子宮ガン)手術入院ということで、実家から(埼玉県のS市)から吉祥寺に通いたいから、出勤日を減らしたいとか、勤務時間を短くするとかの話し合いをしたけどうまくいかないから面倒くさくなってお店を辞めた。

落ち着いたらまた電話するから待っていて。

これが9月の中ごろの電話でした。

それから全然連絡が無く、また私からも電話をせずに暫くたちました。

T先輩は、Hちゃんと個人的にデートをしたり楽しそうな話を小出しに話してくれました。

私が


「Sちゃんからあれから連絡無いけど。。。」

というと

「うーーん、もうあの娘の事は忘れたほうがいいかも」

と言われました。


実は自分でもそろそろそのほうがいいかもしれないなぁとそろそろ思い出し、8月9月とまったくキャバクラどころか飲みにも行きませんでした




********またまた突然の電話


そして10月になり、キャバクラへそろそろ行きたいがあてもない。

Sちゃんも音沙汰無いとあきらめかけたある日、仕事(同業者の組合)の打ち合わせでT先輩の家に居るとき私の携帯がなりました。Sちゃんからでした。かなり動揺して電話に出ました。

9月のはじめ頃から所沢のキャバクラに勤め昼は実家の近所の不動産屋さんで電話の受付をしている。

早速お店の場所・名前を聞いて翌日の夜、T先輩とお店へ。

かなりどきどきでそのお店へ行きました。西武新宿線所沢駅近くのビル の3階で結構若い娘が多い店でした。彼女はすでに27歳。いきなりお局さんのような歳でした。終わってから彼女を実家まで送って帰りました。昼の仕事もあ るのであまり遅くなると気の毒だし。T先輩も一緒に行ったので・・・


しかし、私がその店へ通いだして1月もしないうちに彼女はこの店を辞めたいと言い出すのです。

「制服なのがいや」と言うことです。そういえば色が3種類ぐらいあるけど、みんな同じデザインの服を着ています。また時にはコスプレの日もあります。


ある日行ってみると***学園祭(***に店名が入る)と看板が出ていて入店してみるとみんなセーラー服です。Sちゃんは年齢的に無理があるけど童顔なのでルーズソックスがかわいかったのです。

私は行けなかったけどミニスカポリスやバドガールの日もあったそうです。


あんまり露出のきつい衣装は嫌いなのでバドガールの日は店を休んでそのまま辞めてしまったそうです。年末の最後がバドガールだったそうなので、そのまま



1999年になりました。



私の誕生日が10月なのでこの年に初めてプレゼントをもらいました。

ネクタイでした。しかしなぜがキャバクラの娘はクリスマスにくれるプレゼントはパンツなのです。そう下着のパンツです。T先輩ももらったことがあるそうです。

先輩はHちゃんがくれたものはすべて途中でコンビニのごみ箱等に捨て て一切家に持ち帰らないそうです。私はもらったパンツ穿いてます。私の奥様も気づいていると思います。このパンツの出所はどこだと思っているでしょう。で もなんか、せっかくもらったものを、捨てるなんてもったいない。・・


NOFIAの感想

続きの投稿ありがとうございます。4年もの付き合いとなると、本当に色々なことがあるというか、大河ドラマ的な壮大な展開ですね。これからも続きの投稿、楽しみに待っております。



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